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活字中毒R
でも、僕はこれを読みながら、「内容と置かれた状況との関連」云々ではなく、「人がどん底の状態にあるときに、とりあえず気を紛らわせて、時計の針を進めてくれる」というのは、間違いなく「表現の大きな役割」であり、「たしかに文学に限らず表現というものは、こういう瞬間のために存在すべき」なのではないかと思ったのです。
大事な人を失ったとき、失恋したとき、あるいは、もっと身近な例としては、夜なかなか寝付けないときや何もやる気力がおきないとき……
そんなとき、僕を優しく包んでくれて、「充電期間」を与えてくれたのは、さまざまな「表現」たちでした。「感動の超大作」こそ表現の醍醐味だともてはやす人は多いけれども、本当に落ち込んでしまって「うけとめる力」も涸れてしまっているときには、「くだらないギャグマンガ」や「淡々としたエッセイ」が、僕を救ってくれたこともたくさんあったのです。
表現された「内容そのもの」に救われるのではなくて、「何かに没頭することによって、時間をやり過ごすこと」のほうが、結果的には多かったのではないかという気もするんですよね。「本当に辛いとき」の最大の特効薬は、「時間の経過」なのですから。「時間つぶし」「気分転換」というのは、一般的には褒め言葉ではありませんが、それこそが、「表現の大きな役割」なのではないかと僕はこれを読みながら感じました。「勇気」とか「感動」なんていうのは、副産物でしかないんですよね、きっと。
復習登録日 : 2009年08月04日