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呆れるほどわかりたいもんだなあ
もちろん、おれは生まれてこのかた、いまだかつて一度も、なにかが呆れるほどわかったことなどない。これからも、たぶん死ぬまで一度もないだろう。そもそも、自分が多少は詳しいことであっても、なにかを知れば知るほど、わからないことが増えてゆくのがふつうである。なにかが“わかる”と、それまでは“わからないということさえわからなかった”ことが、ようやく“わからない”という領域に新たに浮かび上がってくる。知識が増えると、増えたぶんよりはるかに多く、未知が増える。つまるところ、わからないことが増えるということこそが、なにかがわかるということなのだとすら、おれはこの歳になってようやくしみじみ思っている。まあ、そんなこたあ、そこそこ生きてきた大人ならみんな思っているだろうし、この先生だって百も承知なのだ。そこをあえて「呆れるほどわからせる」と演じてみせるこの先生には、たしかにプロとしての気概を感じる。
それこそ孔子じゃないが、森羅万象の真理が朝に「呆れるほど」わかったら、おれもべつにその夕方に死んだってかまわない。もっとも、呆れるほどわかってみると、「これをぜひ人にもわからせたい」という新たな欲が出てくるものなのかもしれんが……。
復習登録日 : 2009年07月17日