腕を振ろうと思って振る。足を出そうと思って出す。止めたい局面で敢えて止めない。辛くて諦めたい局面で、諦めない何かを見つける。自分の身体を自分の思う通りに動かそうと努力する。
私はスポーツで得た何かによって、自分自身の肉体、また人生をコントロールしている感覚をすごく強く持っているのではないかなと思っています。なるほど、人生は実は誰が決めるわけでもなく、自分の思い通りにしていいんだというのもスポーツから学びました。
子ども達に走りを教える時には、必ず動きに対しての指示を出します。そして、そのあと自由に走る事を交互に繰り返します。
強制、解放、制限、自由。そういうものの繰り返しで人は、定められた事と、自分なりに道からはみ出る事を学んでいきます。一応の教科書はあるけれど、そこからはみ出ていいんだ、違っていいんだというのも学んでいくものではないかなと思います。
走るも走らないも自分の意志、乗り越えるべきハードルを定めるも定めないも自分の意志。ゴールした時の結末は自分ではコントロールできませんが、スタートは自分でコントロールできます。いや、本当の意味ではスタートを切るかどうかは自分でしかコントロールできません。
少なくとも自分の身体だけは自分の思い通りに動かしていいのです。そして、同じように人生も自由にしていいのだと思います。なんとなくそういう多様性を許容する空気が日本に必要かなと思いました。